82冊目『動物園ものがたり』

 

動物園ものがたり

動物園ものがたり

 

「たのしいことばね、ヒ・ポ・ポ・タ・マ・ス」

 

動物園を訪れる人々の、いい一日のおはなし。

脚本家として数多の作品を手がけるあの山田由香さんと、近作『ドミトリーともきんす』などまだまだ新しい名作を生み続けるベテラン高野文子さんの作品ということで、発売から少し経ったものの今読むべきと読んでみた。結果からいうと、僕の人生に新しい宝物が出来ました。

 

登場人物は迷子のまあちゃん、飼育員の井上くん、仲良しのおじいちゃんとおばあちゃん、仲良しではないまあちゃんのお父さんとお母さん、他数名とたくさんの動物たち。

 

まあちゃんは朝から喧嘩を続けるお父さんとお母さんに嫌気がさし、自分から迷子になる。

「口をきかないのも、ケンカなんじゃないのかな、と、まあちゃんは思います。」

カバの檻の前で立ち止まるまあちゃん。まあちゃんはだんだんカバのことが好きになってきました。

 

飼育員の小林くんは、カバのウメとその娘モモを溺愛している。ゴリラの担当になりたいと思っていた小林くんだったが、赤ちゃんのモモが生まれ、その子の名前をつけた途端、小林くんはお父さんになったような気持ちになった。

「生まれたばかりのあかちゃんカバは、小さくて、ふにゃふにゃしていて、ぼくが守ってあげなくちゃって、そう思ったんだ」

しかし今の小林くんは悲しい気持ちでいっぱい。

「あしたの朝、モモは、とおいところにある動物園へ、つれていかれてしまうのだ。」

 

まあちゃんのお母さんとお父さんは、ケンカしながらまあちゃんのことを探している。ふと仲良しのおじいちゃんとおばあちゃんが目に入る。2人はのんびり楽しそうに話をしていて、お母さんはなんだか憎たらしくなってしまった。

「ああ、そうか。このふたりは、なかよしなんだ。」

そう思うとむしろ悲しくなってしまって、お母さんは昔のことを思い出した。

「わたしが子どものときに、いやだったみたいに、こんな家の子に生まれてこなければよかった、と思っているんだろう。」

 

カバのウメとモモが“親ばなれ”をすることを小林くんに聞いたまあちゃんは、自分も一人で生きていけるのではないかと思う。

動物と話が出来ないことを悩む小林くんは、ウメのことを怖く思ってしまいうっかりプールに落ちてしまう。

親と子の気持ちなんて、お互いにだって分かりようがない。それでも理解しようとして、気を使ったり使われたりしてしまう。

 

まあちゃんのお母さんはカンガルーを見て、

「わたしにも、おなかにふくろがあれば、まあちゃんを、まい子になんてしなかったのに」

と思う。

「わたしは、まあちゃんの、いいおかあさんになろうと思って、いっしょうけんめい、がんばった。なおくんも、まあちゃんの、いいおとうさんになろうと思って、やっぱりがんばっていた。

でも、そのせいで、わたしたちは、ときどき、なかよしじゃなくなってしまう。」

どうして人は大切な誰かのことを思うあまりに、ほかの人を傷つけてしまうのか。親子や夫婦、人と動物だって、巧くいきようもないことを願ってしまうのか。

まあちゃんのお父さんお母さん、ウメとモモ、小林くん。あの幸せそうだったおじいちゃんとおばあちゃんにも辛い過去があった。

 

巧くいかない毎日だけれど、動物園にきたきょうという一日を幸福で満たすことは出来る。幸いにもまあちゃんには、辛いことを乗り越えるための魔法の呪文があった。あのおじいさんおばあさんから教えてもらった呪文。それを唱えた瞬間、まあちゃんはもう一人ではなくなった。

この動物園ものがたり、ここまででもすばらしいのだけれど、ここから更に続きがある。これは大人のターンで、児童文学を読む子どもたちは知らなくてもいいことかもしれない。おじいさんとおばあさんの過去、そしてウメの子どもの頃のお話。

「こんなにちっちゃくて、ほんとうに、ちゃんとそだてられるんだろうかって……、とてもこわかったんだ。」

「だって、ウメをここまでそだてた飼育員さんは、ウメのことを、とてもかわいがっていたはずだからね。井上くんが、モモの名前を、いっしょうけんめい考えたように、その人も、きっといっしょうけんめい考えて、ウメって名前をつけて、大切にそだてたんだと思う。それなのに、ウメに病気をさせたり、大きくなる前に死なせてしまったりしたら、その飼育員さんはかなしむだろう。だからぼくも、ウメを守らなくちゃって、思ったんだ。だから、こわかったんだよ、ほんとうに……」

 

きょう一日、動物園で過ごした人たちは、だれもがみんなニコニコわらっています。きょうは、きっと、いい一日だったでしょう。どうか、明日も、いい一日でありますように。

大切なものを守る難しさ、そのなかで悪戦苦闘しつつも、大丈夫といってあげられる優しさの詰まった物語でした。

 

最後に、山田由香さんのあとがきがまた良かった。

「じぶんがうれしいとき、わたしたちは、まわりの人のかなしみに、気づきません。

じぶんがかなしいとき、わたしたちは、まわりの人のうれしさが、にくたらしくなります。

人の気持ちは、うれしかったり、かなしかったりの繰り返しです。だから、ときどき、まわりの人の気持ちを想像してみてはどうでしょう」

動物を通して自分の気持ちを知る、他人を通して自分の傲慢さを知る。色々な物語は全て他者の気持ちを知るためにあると思う。長く読んで行きたい物語だ。

 

「モモは、じっと井上くんを見て、小さな耳を、また、ぷるぷるっとふるわせました。」