16冊目『てつぞうはね』

 

てつぞうはね

てつぞうはね

 

「はるのてつぞうはね さくらがちるのをおいかけるよ チラチラチラチラ かぜがふくたび おおいそがし」

 

わたしのねこ、てつぞうの一生。春、夏、秋、冬のてつぞうのおはなし。

ここはもう感想メモに徹しようと思っているので巧く言葉にしなくてもいいやと思っている。自分には5歳の頃からずっと一緒に暮らしていた猫がいて、家を引っ越したり家族がいなくなったり、諸々で家から出られなくなったときもずっとその猫と暮らしていた。おととしの冬その猫が死に、少しずつ実家というものから離れかけていた自分はその瞬間、自分の家を失ったような気分になったのだった。猫、特に家猫にはそんな“家”の代わりになってくれる力もあったのだなと今になって考える。

絵本の中のてつぞうは暴れん坊で“わたし”にしかなついておらず、目もぎょろっとしていてなんかふてぶてしい。そんなてつぞうが四季を生きて、そして8回目の冬に、子猫みたいに小さくなって死んでしまう。

この物語がもっとも素晴らしいのは、その後“わたし”は新しい猫を二匹迎え入れ、てつぞうがそれまで使っていた、てつぞうでうまっていた場所をその子たちが埋める、という希望が描かれていることだと思う。命は四季のように過ぎていくけれど、ぽっかり空いた場所を埋めることが悲観的に捕られるのは、むしろ悲しいことだと思う。自分だってもう“家”は失ったけれど、なんとか一人で生きています。

 

「てつぞう、さくらのはなびらをおいかけるのもいっしょだね」